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ネットショップ支援サービスで宮崎に1000人の雇用を生み出したい

月刊「ニュートップL.」 2014年06月号 編集部

ネットショップの構築から運営、コンサルティングまで、EC(電子商取引)に関するサービスをワンストップで提供するアラタナ。創業者の濵渦伸次社長は、過去、事業に失敗した経験に学び、故郷・宮崎で1,000人の雇用を創出することを目標に掲げる。「会わない営業」に努めるなど、濵渦社長がユニークな経営のねらいと夢を語る。

株式会社アラタナ社長 濵渦伸次氏国内最大手のサイバーモール(電子商店街)である「楽天市場」には、約4万2,000店舗が出店している(2013年末時点)。そのうち、約3,000店舗がアラタナの提供するアプリケーション「スケッチページ」を活用して、店舗づくりを行なっているという。

スケッチページは商品画像の編集・レイアウトやバナー作成などを行なうソフトで、ライセンスを購入し、サイトからダウンロードすれば、簡単なマウス操作でページ作成が可能。その手軽さが評判となり、個人や小規模業者を中心に利用者が増えている。

一方、同社にとってのもう1つの主力事業が「カゴラボ」。ネットショップの構築から運営、集客支援・在庫管理に関するコンサルティングまで、EC(電子商取引)に関するサービスをワンストップで提供する。

従来、ネットショップの出店者がオリジナルのサイトを制作する場合、業務を委託するならウェブ制作会社やサーバー保守業者、SEO対策やセキュリティのコンサルタントなど、それぞれの分野に特化した専門家に、個別に依頼しなければならなかった。しかし、同社ではそれらを一体化したプラットフォームとして提供することで、出店者の煩雑(はんざつ)な手間を解消。サイトの改良や機能拡張も容易になり、顧客の支持を集めた。

同社は、濵渦伸次社長が学生時代の同級生と2007年に創業。これまで、同社のネットショップ支援サービスを導入した顧客は3,000社を超える。◇    ◇    ◇「誰にでも簡単にネットショップがつくれるようなサービスがあれば、便利だろうな」という素朴な発想が、創業の原点でした。

起業する前、地元のアパレルショップでアルバイトをしていたとき、ちょうどネット通販を始めることになって、その担当者になったんです。スタッフも資金も決して潤沢(じゅんたく)とは言えませんから、サイトの立ち上げからお客様への対応、商品の発送まで、ほとんど1人でやらなければいけない。商品を魅力的に見せる撮影方法を工夫したり、SEO対策を勉強したり、必死でした。

カフェバーの経営に失敗し会計の大切さに気づく

そのうちネットショップがどうにか軌道に乗ると、けっこう売れ始めました。1着10万円以上もするダウンジャケットが、ネットで売れるんですね。そうした様子を見ていると、地方都市の小売店も将来を悲観する必要はないように思えてきました。ネットショップに活路を見出せば、郊外型の大型ショッピングモールにお客様を奪われた商店街も、少子高齢化で活気を失なった地方都市の個人商店も、まだまだやっていけるのではないかと思ったんです。

同時に、実際にネットショップを担当してみて、その構築も運営も、決して容易ではないことを実感していました。ある程度の知識をもたない人がオリジナルのサイトを手掛けるのは、現実問題として、ほとんど不可能です。専門業者に委託しようにも、場合によっては100万円以上の資金が必要になる。

一方、既存のサイバーモールに出店すれば比較的、低コストで済みますが、仕様が決まっていて、他のネットショップとの差別化が難しいんですね。食料品店であろうがアパレルであろうが、共通の仕様を利用することになるので、存在が埋没する可能性が高い。そうした事情を考えると、結局、業績不振に悩む小売店にとって、ネットショップは現実的な選択肢ではなかったわけです。

また、自力でオリジナルのサイトを構築できたとしても、それを「売れるサイト」にするのは大変です。

たとえば、商品の特徴をお客様に伝えるには、見栄えのよい写真や的確な文章が不可欠です。商品の1つひとつについて、そうした工夫を凝らしながら、商品の発送もサイトのメンテナンスも行なうと、もうそれだけで精一杯なんですね。私自身、アパレルショップのネット通販を担当していたとき、商売の基本である接客とか集客にまで手が回らなくなってしまうことに、もどかしさを感じていました。そして、同じような悩みを抱えるネットショップは少なくないに違いないと感じていました。

そうした私の個人的な経験から、ウェブの専門知識をもつ友人とともにネットショップの支援サービスの開発に取り組み、生まれたのがカゴラボです。EC用のオープンソースをベースとしているため、従来より低コストでオリジナルのサイトを構築できます。また、拡張性が高いので、初心者から大規模ネットショップまで、お客様の規模に合ったサービスを提供することができます。これまで、およそ800店舗にご利用いただいてきました。◇    ◇    ◇濵渦社長は1983年、宮崎県に生まれた。父は金融関係の企業に勤務するサラリーマンだったが、自身はいつしか漠然と起業を志すようになったという。2004年、都城工業高等専門学校電気工学科を卒業し、大手複合機メーカーのリコーに就職。神奈川県に移り住んだが、夢を諦められず、3か月後に退職して帰郷した。

翌05年、宮崎市内にカフェバーを開業。2名のスタッフとともに不慣れな飲食店経営に挑んだが、自身の放漫経営により、わずか半年後に閉店。多額の借金を背負った。

だが、再起をめざしてアパレルショップやブライダル用アルバム制作など、様々なアルバイトを経験し、借金の返済に努めた。ほぼ2年後には借金を完済。同年、都城高専時代の仲間とアラタナを創業した。◇    ◇    ◇お恥ずかしい話ですが、カフェバーをやっていたときは経営のまねごとをして満足していたんだと思います。接客しているうちに自分も酒を飲んで、気が大きくなると「おごり」だと言って大盤振る舞いをするのですから、起業家を気取ってはいても、まともな経営者とは言えませんよね。

原価管理もずさんで、そもそも貸借対照表や損益計算書の意味すら、よくわかっていませんでした。あっという間に資金繰りが苦しくなって、スタッフへの給料の支払いも滞(とどこお)るようになってしまったんです。

オープンからわずか半年ですから、当然、世間体も気になります。22歳の若造にとっては莫大な額の借金で、いっそ自己破産して、どこか遠い街に移り住んでひっそりと暮らせば、楽だったのかもしれません。でも、そのまま終わるつもりはありませんでした。猛烈に働けば返済できない額ではないし、失敗したからこそ学んだこともある。もう1回、事業にチャレンジして雪辱したいという気持ちが強くなりました。皮肉ですが、失敗してようやく経営者になれたのかもしれません。

私がカフェバーを失敗して痛感したことは、3つありました。

1つは、会計の大切さですね。もともと私は技術系の人間で会社の数字には疎(うと)かったんですが、経営者である以上、そういうことは言っていられません。借金返済のためにアルバイトに励んでいたころ、時間を見つけては会計の入門書を勉強したり、通信教育で会計のしくみを学んだりしました。

ちょうどそういう時期だったと思いますが、父に助けを求めたことがありました。「自分で責任を取れ」というのが父の基本的な姿勢なんですが、あるとき、1冊の本をくれたんです。『稲盛和夫の実学』という本でした。この本は、大きな刺激でしたね。稲盛さんも技術者のご出身ですから、僭越(せんえつ)ながら、そういう点でも共感するところがあって、会計の大切さを再認識させていただいたような気がします。

訪問営業は行なわず顧客とは「会わない」

2つめは、一緒に働いてくれる仲間たちのことですね。カフェバーの経営は大失敗に終わりましたが、実を言うと、私自身は楽しかったんです。経営者としての自覚もなく、好き勝手やっていたわけですから当然なんですが(笑)、そのときスタッフも楽しんでくれていると勘違いしていたんですね。毎日、楽しく仕事ができてさえいれば、多少、お給料が少なくても、支給が少しくらい遅れても、やりがいを感じてくれるものだと思い込んでいたんです。

ところが、当然ですが、スタッフにも生活があります。生活の安定が大前提であって、それを保証するのが経営者の役割だと、店じまいをしてようやく気づきました。私どものようなベンチャー企業には、今後、どんな逆境が待ち受けているかわかりませんが、従業員の生活だけは何よりも大切に考えなければいけないと戒(いまし)めています。

そして、もう1つが事業そのものに対する思い入れです。正直なところ、私はカフェバーがやりたくて起業したわけではありませんでした。高慢な言い方ですが、自分のような未経験者でも何とかなるだろうと高をくくっていたんですね。それが大変な思い違いであることは、言うまでもありません。

しかし、ネットショップの支援サービスは、社会にとって必要な事業だと、いまは心底から信じています。たとえ儲からない事業だったとしても、全国の零細な小売店や地方都市の商店の役に立つ意義深い事業です。ですから、もう失敗はできないんです。◇    ◇    ◇ 同社では基本的に訪問営業を行なっておらず、顧客とのやり取りも電話やメール、スカイプ(オンラインビデオ通話)を利用する。新規顧客の約半数は代理店経由で、それ以外は顧客からの問い合わせと紹介が占める。

顧客の8割は首都圏に所在するが、同社が「会わない営業」に努めるのは、地元・宮崎での雇用拡大を志す濵渦社長の信念でもある。同社では、宮崎で1,000人の雇用を創出するという目標を掲げている。現在、従業員は103名。目標達成までの道のりは遠いが、大都市への人材の流出は全国の自治体が抱える喫緊(きっきん)の課題で、そうした視点からも同社は各方面から注目を集めている。◇    ◇    ◇宮崎から人材が流出することに初めて問題意識をもったのは、都城高専を卒業するときだったかもしれません。当時、クラスには40名の同級生がいたの ですが、卒業後も地元に残ったのは、たったの2人だけでした。私を含めて、9割以上が県外、ほとんどが首都圏に出ていかざるを得なかったんですね。

もちろん、どこで就職しようと個人の自由です。それぞれに事情を抱えているわけで、県外で就職すること自体、悪いことではありません。ただ、地元で 生まれ育ち、学校を卒業した後も地元で働きたいのに、その受け皿がないために地元を離れなければいけないとしたら、それは決して望ましい状態ではないと思 うんです。

お祭りなどのイベントで全国から観光客を集めることも地域の活性化には必要なのかもしれませんが、人材の流出を食いとめるための根本的な解決にはな りません。やはり、安心して働くことができる「場」が必要なんですね。そのためにも、仲間と努力して大きくなって、宮崎の人が、宮崎で生きていくために少 しでも役立てるような会社になりたいと思います。

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